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RECORD GEIJUTSU (Japan)

冒頭の第一音を耳にした瞬間の鮮烈な驚きを、どう表現すればいいのだろう。滔々と流れる清流に手を差し入れると、思ったよりもはるかに冷たくて、その心地良さにしばらく浸したままにしてしまう。そんな感覚だろうか。ロンドンを拠点に活躍する俊英ピアニスト、竹ノ内博明の弾くスタイリッシュなハイドンは、一切の虚飾が排され、じつにシャープな切り口を見せている。

鹿児島出身で、英国王立音楽院に学び、バロックから現代の新作の初演まで、幅広いレパートリーを掌中に収める竹ノ内。日本でもすでに何度か帰国してステージを開き、その度に高い評価を得ているが、ノリントンが絶賛するなど、ヨーロッパでの注目度は非常に高い。録音も、これまでにディーリアスなど近現代作品を発表。今回は初の古典作品だが、ロンドンで彼が聴衆の圧倒的な支持を得ている理由が十分に理解できる。

特に今回はロンドンの人々が、“おらが街の作曲家”と自負するハイドンなのだから、なおさらだ。その演奏は、モダン・ピアノによる古典派作品演奏の理想を聴くように、じつに知的。使用楽器はスタインウェイだが、ときにフォルテピアノも駆る竹ノ内らしく、時代様式の作法をきっちり押さえる一方、モダンならではノ表現を追求。歯切れ良いタッチを基本としつつも、スタインウェイノ表現の幅を巧く利用して、ときに地味にも思えるソナタ作品から、じつに多様な表情を引き出して見せる。

例えば、冒頭のソナタニ長調。ハイドン自身のマニュスクリプトを見ていると、全体的にはじつに律儀に書かれている中で、同じ2分音符でも楽想によって微妙に筆致が変化していて、そこに何かの意味を持たせているようにも感じ取れる。竹ノ内自身は今回の録音にヘンレ版の楽譜を用いたと明記しているが、彼の演奏は、そんなマニュスクリプトの流れをトレースし、視覚的な情報すら丁寧に拾い上げてゆくよう。しっかりと一次資料にも対峙した上で、録音に臨んでいるに違いない。それでいて、ハイドンの向こうに、現代に至る幅広いレパートリーの蓄積をも感じさせる。今後も楽しみな奏者だ。—寺西肇
(June 2015)