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RECORD GEIJUTSU/レコード芸術 (Japan)

2017年8月号『今月の特選盤』

ロンドン在住のピアニスト、竹ノ内博明は、ソロ奏者としてジェームズ・ディロンをはじめとする英国人作曲家や邦人作曲家などの作品を含む幅広いレパートリーに取り組みながら、フォルテピアノ奏者、アンサンブル・ピアニストとしても国際的な活躍を続けている。本盤はイギリス・ロマン派の作曲家であるスターンデール・ベネットの「ピアノ・ソナタ第1番」と、ドイツ・ロマン派を代表するシューマンの⟪交響的練習曲⟫が並ぶという異色盤。しかしシューマンの⟪交響的練習曲⟫はこのベネットに捧げられているなど、二人は深い信仰を結んでいたのである。シューマンのピアノ音楽のエッセンスが凝縮した作品を献呈されたということで、ベネットという人物をシューマンがいかに高く評価していたか、またベネットのピアニストとしての高い技量も見て取る事ができる。ベネットはシューマンの作品について「奇異すぎる」と評していたが、ベネット自身の作品は収録曲を聴いてもわかるように、かなり保守的な処方で、非常に整った形式。終始甘美な和声に彩られた明快なもの。処方的には同じく親交のあったメンデルスゾーンに近く、あらゆる歌が重なり合うことで音楽が形作られているが、決して感情に溺れることのない、透明感のあるものとなっている。これを実感させられるのは作品自体の内容はもちろんだが、竹ノ内の演奏によるところも大きい。彼の音色は非常に響きが豊かで、レガートも巧みに行われていくので、作品に書かれたすべての旋律が美しく響き、溶け合っていくのである。この音色を最大限に活かした⟪交響的練習曲⟫は、まさに題名を体現する音色の広さと構築性が存分に堪能でき、12の変奏が進むごとにたくさんの色彩や表情が飛び込んでくるような感覚を味わうことができるのだ。特に明暗の切替、「交響的」という形容詞がふさわしい、多彩で輝きのある音色、主題を自由かつ統制を持って発展させる見通しの明るさが見えてくる。そしてフィナーレを聴けば、彼の幅広い表現力は高い技術があるからこそ実現できるものなのだということが実感できるはずだ。

(Aug 2017)